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2.5じげん

漫画 小説 映画 オタク

君はドラゴンボール

私はこれから「ドラゴンボールSMAP」と「ワンピースと嵐」について書く。

始めに断っておくが、私は全部好きだ。全部好きで、応援している。

でも、私はこれからドラゴンボールSMAP」と「ワンピースと嵐」を少々比較しようとしている。そしてこれも始めに断っておくが、優劣をつける意味なんてないけれど、私はどちらかと言えば「ドラゴンボールSMAP」の方が好きだ。

この前提において、すでに不快感を覚える方は、ここでそっと回れ右してほしい。

 

 

 

SMAPとよく比較対象になる存在、それが現在の国民的グループ、嵐だ。

正直なところこの2グループを比較することには何の意味もないと思っている。でも色々なところで、なんなら一般のそんなにテレビを見ない人ですらこの2グループを

「比較対象」としてとらえているような発言をすることがある。

 

 

この現象、何かと似ている。

 

 

ドラゴンボールとワンピースだ。

 

 

両作品もよく比較される。ワンピースがドラゴンボールを越えたとか、越えないとか。NARUTOに対しての比較は聞いた事が無い、なぜかワンピースのみがドラゴンボールと比較される。

 

 

どちらも「国民的」という冠が着くほどの、日本を代表する人気グループであり作品だ。

共通しているのは、確実に先行者としての「SMAPドラゴンボール」ありきの「嵐とワンピース」であるという事実だ。「SMAPドラゴンボール」が成し遂げた社会的影響は、これから誰にも超える事はできないだろう。でも現在において若者からの支持率とセールス実績は「嵐とワンピース」が超えている…という事実が両者のファンをもやもやさせているのだろう。

 

 

比較そのものは置いといて、何となく私は

 「ドラゴンボールSMAP」「ワンピースと嵐」って似た印象を与えられる。

両者にはどこか共通する倫理観があるような気がするのだ。

   

 

 まずは「ワンピースと嵐」から始めよう。

私は彼らは「倫理規定下のメディアの申し子」だと思っている。

 

 

ワンピースの連載開始時期は1997年、嵐のデビューは1999年だ。

 

ワンピースはいわゆる「ジャンプ黄金期」を支えた連載が軒並み終了した頃に始まった。ちなみに私は連載第1回が始まったのをジャンプで読んだ事を覚えているのだけど、「正統派の面白い漫画が始まった」と思った。「エロ グロ ナンセンス」を排除し、「友情、努力、勝利」というジャンプイズムを正統に体現している。ルフィが何よりも大事にするのは「仲間」であることは作品を通して何度も描かれている。

 

嵐のデビューは1999年、いわゆるJ−FRIENDSの次世代としての登場だ。J-FRIENDS、タッキー効果で増殖したジャニーズJr.達による所謂「ジュニア黄金期」の寵児としてのデビュー。嵐がグループとしてよく評価されるのが「仲の良さ」だ。例えば彼らは他のジャニーズグループでみられるような、特定の人に対する「貶め」や「いじり」はあまりやらない。

 

彼らに共通するのは「仲間を思う気持ち」だ。海賊王になりたいという気持ちも、スーパーアイドルになりたいという気持ちも、「仲間」と一緒じゃないと意味が無いのだ。乱暴なまとめで申し訳ないが、お金持ちになっても仕方が無い、目標を持ってもどうせ無駄である…という諦めやら悟りが蔓延する今の老化した日本社会で、実は一番大事なのは「仲間」ではないか…という概念が、受け入れられやすいのではないかと思う。

 

もしも自分が親だったら、ワンピースのアニメなら、嵐の番組なら、とても安心して我が子に見せられるだろう。トークが爆発的に面白くなくたって、エロくもグロくもなく、そこには安定した安心感がある。 彼らはイジメを誘発するような発言や行動は決してしないし、過度の暴力性を芽生えさせない。丁度いいのだ。彼らの存在が「現在のテレビ」に。彼らは意図して時代に迎合した訳ではないけれど、たまたま彼ら自身の清廉潔白さや優しさが「今、テレビに出てほしい人物像」「今、子供達に見せたいアニメ」とパーフェクトに合致してしまったのだ。

 

そんなわけで、ワンピースと嵐は、「倫理規定下の漫画/テレビの申し子」なのだと私は思っている。

 

 

 

 

この「倫理規制」が台頭する前の最後の何でもありのスターが「ドラゴンボール」でありSMAPだと思っている。

 

ドラゴンボールの連載開始は1984年、SMAPのデビューは1981年だ。

ドラゴンボールは「アラレちゃん」という前作の大ヒット作を、SMAP光GENJIという巨大な先輩を、どちらも越える事ができず開始当初は人気が伸び悩んだ。

そこでドラゴンボールが当初のほのぼの路線を捨てて「バトル漫画」に、SMAPがアイドル路線を捨てて「バラエティ班」になったことで爆発的な人気が出たというのも共通している。

 

ドラゴンボールの主人公達は決して仲間思いではない。それは伝説の「ドラゴンボールで生き返せるし(by 悟空)」という発言からも読み取れるだろう。

熱い友情がある訳でもない。結婚しようと子供ができようとただ一心不乱に戦い続けている。

 

SMAPも、昔のスマスマのコントを見ると、本当にひどい(笑)「これがアイドルのやることか…?」という感じで、下品でシュールでものすごく面白い。

彼らもまた友情を確かめ合うようなタイプではない。ただ彼らは強靭に「芸能界」の中で共に戦い続けている絆を感じる事はある。メンバーの1人が結婚しても、彼らは「アイドル」であることを辞めなかった。

 

そして、ドラゴンボールの主人公達も、SMAPも、「一番」であることを決して諦めないし、公言する。

 

 

 

そして冒頭でも述べたけれど、優劣をつける意味なんてないけれど、私はどちらかと言えば私は「ワンピースと嵐」の優しさより、「ドラゴンボールSMAP」の強さが好きなのだ。

 

 

 

 

…これははっきり言って、生まれた時代の違いだと思う。

後10年遅く生まれてきたら、私はきっとワンピースと嵐のほうが好きだったし、ドラゴンボールSMAPの強さは重すぎただろう。

 

 

 

私は好きだったのだ。自分が物心ついたときに見ていたテレビや漫画の猥雑でギラギラした感じが。いつだったかそれが失われた瞬間があった。特にテレビは、当たり障りなくて薄い感じになった瞬間を感じた。

 

…そんなようなことを、ふとテレビを見ながら感じたのでした。